「一票の格差」論議に思う −人口代表だけでない「地方代表」の意義−


参議院での議席配分が人口に比べて不均衡であるとする
いわゆる「一票の格差」訴訟で、最高裁が「違憲状態」との判断を下した。

そして、マスコミでは、「一票の格差」を放置し続ける国会が怠慢であると
いう論調が支配し、その是正をしないのはおかしいということが前提になっている。

しかし、本当にその意味するところをわかって論じているのか、疑問が残る。
少なくとも、一般にそれが理解されているのか不安がある。

「一票の格差」議論とは、要するに、人口に応じて議席を配分せよ、という
意見である。人口10万人のA選挙区が1議席なら、10万人=1議席なのだから
人口100万人のB選挙区は10議席なければおかしい。
A選挙区とB選挙区がともに1議席では、A選挙区では10万人で
1議席もらえるのに、B選挙区では100万人でも同じ1議席しかもらえない。
A選挙区の1人(票)は、B選挙区の10人(票)分の力を行使していることになる。
一票当たりの重みに10倍の力の差がある。これが「一票の格差」論議である。

この議論の枠組みで「一票の格差をなくすべき」と考えるならば、
人口の少ない都道府県の議席の数を減らし、多い都道府県の議席の数を増やすべきということになる。


人口比例がすべてではない:アメリカの例

しかし、「一票の格差をなくすべき」というこの前提は正しいのだろうか。
「一票の格差」の議論は、アメリカの憲法判例の一部を都合よく切り取ってきているように感じる。
アメリカでは、連邦議会の下院は、一票の格差をなくすべきことが最高裁の憲法判例により
求められている。すなわち、人口当たりの議員数が極力等しくなければならない。

しかし、その同じアメリカで、連邦議会の上院は、人口に関わらず、州ごとに2議席と
憲法で決まっていることを、「一票の格差」論者は無視していないか。
具体的には次の通りである。

カリフォルニア州(人口最多):人口3725万人(1万人以下切り捨て) 下院53議席 上院2議席
ワイオミング州 (人口最少):人口  56万人(同上)        下院 1議席 上院2議席

この場合、下院では、カリフォルニア州とワイオミング州の間で、一票の格差は1.25倍程度で、
「一人一票の原則」が比較的忠実に守られていることが分かる。
しかし、上院では、「一票の格差」は66.5倍にもなる。
(人口が66.5倍あるにも関わらず、カリフォルニア州もワイオミング州と同じ2議席しかない)

アメリカでは、人口比で議席を配分する下院と、州ごとに議席を配分する上院とで原則が異なる。
しかも、人口で決める下院と、州ごとの利害を代弁する上院がともに法案に賛成して、ようやく法が成立する。
日本のように「衆議院の優越」すらもないので、州を代表する上院の権能がいかに強いかがわかるだろう。
(ちなみに、条約の批准や、最高裁判事の任命などは、上院の専権事項である。)


人口比例を国際社会に適用したなら:国連の例

機関の意思決定において、人口比例がすべてでないことは、別の例でも考えられる。
もし国際問題に対応する国連が、人口比例で議席を配分するとしたら、
どうなるだろうか。

仮に、人口800万人のスイスを基準に、800万人当たり1議席として、
人口に比例して議席を配分するなら、次のようでなければならなくなる。

中国  13億4730万人(10万人以下切り捨て)168議席
アメリカ 3億1460万人            39議席
日本   1億2750万人            16議席
カナダ    3490万人             4議席
スイス     800万人             1議席

しかし、国連での意思決定は、人口の大小に関わらず、一国一票である。
従って、人口13億の中国も、人口0.08億のスイスも、国連総会では同じ一票しか持たない。
これは国際社会は国を単位とした利害関係を想定しているからである。


もちろん、国家を単位とした国連と、国民一人一人を単位とした国会は同列には論じられない。
しかし、だからといって、「都道府県」や「地域」が国民の生活において
無意味ということもないだろう。
厳密に「一票の格差をなくす」ことだけを追求して、人口の多い東京や大阪が、
人口の少ない各地方に比べて圧倒的に多くの議席を持って政策を決めていってよいのか。

たとえば農林漁業など地方に関わる政策決定の場面において、純粋に人口比で
議席を配分して政策を決定していくということは、
国連が日中関係について審議をするにあたり、中国に日本の10倍の議席を
付与するようなものである。
「一票の格差をなくす」という議論は、地方にとってそのような脅威を伴うものでもある。


よく意味を考えて議論を

少なくともアメリカでは、単純に人口比例で議席を配分して物事を決めていく考え方は、採用されていない。
人口比例の下院と、人口に無関係で州を単位とした利害関係を代弁する上院が併存しているのである。

日本が衆議院でも参議院でも人口比例原則を採用するのは一つの選択だろう。
しかし、現状はマスコミが盲目的に「一票の格差はよくない」と論じているような気がしてならない。
そして、国民もよくわからないままその議論に引きずられ「なんとなくよくないこと」と思っている。

一票の格差をなくすことがすべてなのか。
人口比例で決めることがすべてなのか。
もう少し深い検討が必要ではないだろうか。


秋葉丈志

(2012.10.28)


アメリカ連邦議会上院の沿革・理念、仕組みについては
秋葉丈志「ジェファソンの『手引き』と今日の連邦議会規則」
(早稲田大学比較法研究所『比較法学』39巻2号)を参照してほしい。
→このPDFファイルの343ページ以降。



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